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更新日時:2023年06月19日 08時20分

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マンガ「利波臣志留志」完成!

公開日時:2023年06月14日 08時30分お知らせ このページを印刷する

公財B&G財団の補助を受け、砺波市にゆかりのある偉人「利波臣志留志」のマンガを製作しました。

マンガは市内の中学生、公民館、図書館に順次配布します。

一般公開としてデジタルミュージアム『砺波正倉』にて電子書籍を無料公開します。

利波臣志留志ってどんな人?

 利波臣志留志(となみのおみしるし)が生きた奈良時代は疫病や政治不安など様々な困難がありました。そのような世の中でも、志留志は生涯をかけて人々のために生きた人物です。

 そのような偉大な人物が砺波に存在していたことを知り、過去に志留志が生きたこの砺波で今を生きる皆さんに、ふるさとである砺波に対する郷土愛を育んでもらいたいと思い、マンガを製作しました。

~利波臣志留志の生涯を簡単に紹介~

 743年(天平15年)、聖武天皇の詔にて国民に大仏造営費や役務の提供を求めました。砺波地方の豪族、利波臣志留志はこれに応じ、747年(天平19年)にお米3,000碩(石)(約180トン)を東大寺に寄付し、全国でも最も大仏造営に貢献した人物です。

 同年、「墾田永年私財法」の制定により全国で荘園がつくられます。砺波郡では4つの荘園がつくられました。
 志留志はその開墾状況を描いた墾田地図に「越中員外介」(今の副知事)として署名しています。

 779年(宝亀10年)、志留志は伊賀守(今の三重県知事)に任命されます。伊賀国は都に近く、さらに都のための材木が取れる非常に重要な国でした。また、地方の豪族が国守にまで出世することは非常にめずらしいことでした。

 続日本紀に記載される志留志の記録は779年が最後となります。

配付について

 市内の中学生に配布を行い、順次公民館、市内図書館に配布します。

 また、一般公開として、デジタルミュージアム『砺波正倉』での電子書籍(無料)を掲載しました。 

 『砺波正倉』マンガふるさとの偉人「利波臣志留志」

マンガの内容について

 総ページ数104ページ。(表紙、裏表紙を含む)

 利波臣志留志の生涯を3章構成でマンガ化しました。(モノクロ)

 役人見習い編:平城京で役人の見習いとして過ごす。

 大仏寄進編:般若野(庄東地域)を開墾し、お米3,000碩(180トン)を奈良の大仏造営のために寄進する。

 立身出世編:伊賀守(現在の三重県知事)として働く。

 その他、資料ページを掲載しています。(カラー)


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