佐伯哲也氏による亀山城解説会と富崎城攻め

5月26日 佐伯哲也先生による亀山城と富崎城の解説会が行われ、県外の城愛好家や大学生も加わり会員15名一般4名が参加しました。

~ついにベールを脱いだ亀山城~
今年の2月に亀山城周辺の整備が行われ、樹木や雑草に覆われていた亀山城の山肌がよく見えるようになりました。
これまで、亀山城跡は、増山城跡解説ルートの最終コーナーにあり、時間的余裕がある場合に遊歩道を約15分で登り降りしながら紹介する程度の所だと思っていました。今回の佐伯先生をお招きした解説会では、亀山城の、“攻め手”が通ると考えられるいくつかの攻撃ルートを実際に体験し、土塁、竪堀など防御の仕掛けがなぜその場所に必要だったのかを教えていただきました。
増山城がいくつもの大きな曲輪から構成されているのに比べると、亀山城は小じんまりとしていますが、さまざまな防御の仕掛けが随所に施され、“攻め手”を寄せ付けない堅固な城だったのだと認識を新たにしました。
見どころの多い城であることが分かった曲輪の会員から「亀山城重点解説コースを作ってもよいのでは・・・。」との声も聞かれました。

~神保氏ゆかりの富崎城攻め~
午後からは、旧婦中町にある富崎城を説明していただきました。
この富崎城は、かつて神保氏や上杉氏が支配し、また両者とも城を捨てて逃げたなど、増山城と共通するものがありますが、外見は全く異なり、山の上にあるのに平坦で、まるで“平城”のような印象です。
草をかき分け、虎口や橋台、内堀などを確認しました。入り口から奥まった主郭には、「神保城跡の標」と刻まれた石碑が立っていましたが、佐伯先生の説では、この城の現存する縄張りは、「馬出」の特徴、通路が織豊系城郭ほど発達していない点などから天正年間前期の上杉氏による影響を最も受けていると考えられるとのことです。
汗ばむ陽気でしたが、今後の解説に大いに活かせる内容のある充実した解説会と城攻めでした。
佐伯先生の説得力のある語り口は城好きの我々にとって、ますます城を攻めてみたいとの想いに掻き立てられるものがあり、今後の城攻めにも是非“軍師”として導いていただきたく思います。ありがとうございました。
              曲輪の会 川幡